忘れたいことはなかなか忘れられない

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今週のお題「忘れたいこと」

 

今、玄関先で見送った幼い子供の姿は、もう二度と見られない。学校から帰ってきたその子は、朝と似た、しかし、微かに違った存在なのだから。

僕たちは、その違いが随分と蓄積されたあとで、ようやく感づくのが常だ。

本1ページ分のインクの量を、僕たちは決して感じ取ることが出来ない。

しかし、1万冊分の本のインクなら、身を以て実感するだろう。

変化の重みには、それと似たところがある。勿論、目を凝らせば、その微々たるインクが、各ページに描き出しているものこそは、刻々たる変化だ。

 

人間だけではない。生き物も風景も、一瞬ごとに貴重なものを失っては、また、入れ違いに貴重なものになってゆく。

愛は、今日のその、既に違ってしまっている存在を、昨日のそれと同一視して持続する。

鈍感さの故に?誤解の故に?それとも強さの故に?

時にはそれが、似ても似つかない外観になろうとも、中身になろうとも、或いは、その存在自体が失われようとも。

それとも、今日の愛もまた、昨日とは同じではなく、明日にはもう失われてしまっているのだろうか?

だからこそ、尊いのだと、あなたは言うのだろうか。

 

 

かつて大好きな彼が居たときに感じた事がある、いつからこうなってしまったのだろう、前まではこんなんじゃなかった。

愛の形は日々変化し続けている。変わらないものでありたいと思っていても日々変化し続けている。

彼から私への愛と、私から彼への愛もまた、形を変え続けているのだ。

いつから?

そう思った時にはもう既に遅し。

今までの恋愛でも感じた事があるあの感覚。

昔は楽しかったなあ。なんてLINEを遡り始めた時には THE ENDという言葉が向こうの方から聞こえて来る。

 

結局彼の浮気で別れたのだが、悔しくて苦しくて、あの胸の鼓動が今にも心臓を破って来るのではないかと思うあの感覚。血の気がサーッと引いて、裏切られたという怒りと悲しみが、楽しかった思い出をことごとく掻き乱してくる。

こんな辛い経験早く忘れてしまいたい、そう思っていたのだがなかなか彼の存在を忘れる事ができない。

今となっては、彼をふと思い出すと、楽しかった思い出ばかりが残っている。だめだ、私は裏切られたんだ、と必死に彼にされた仕打ちを思い出す。

 

時間が解決する、は嘘。時間は思い出を置いてけぼりにはしてくれるけど、決してなかったことにはしてくれない。

でも最近すごく思うのは、今の自分をたくさん愛してあげることが、過去の恋愛に縛られずに生きることができる最善の策だと思う。

自分を一番愛してあげられるのは、過去の彼でもなく、自分自身。

私が私を愛してあげないと、きっと心は満たされないのだ。

無駄に忘れようと足掻いたり、好きでも無い人で心の隙間を埋めるのはやめよう。

”無理に忘れなくてもいい、そんな経験もあったよね。経験値上がったな。

女度あげてくれてありがとう。次の恋に活かします。”

それでいいのではないか。

 

ちなみに辛い経験は色気になるらしい。

 

色気をありがとう。

 

 

香り

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最後まで人が忘れられないものは香りらしい。

まず声を忘れる。それから体温を。次に、形を忘れ、言葉を忘れ、横顔も忘れる。それでも最後まで忘れられないもの、暴力的に私たちを立ち止まらせて、一瞬にして現在から過去へと突き飛ばすもの。正確に身体に埋め込まれた、時限爆弾のようなもの。恋文にも似た、脅迫状のようなもの。

香りという形のないものを的確に表す言葉がないから、人はまずそれを意識的にも無意識的にも、藁をも掴むようにして、記憶するのかもしれない。

 

それでも街角で懐かしい香りにぶち当たった時は、肋骨が軋みそうな痛みを感じる。もう、なんとも思っていないのに。あるいは、その人の名前を聞いた時も、だ。もう、どうしたいとも思っていないのに。そう思うことも、私が私に吐く嘘なのだろうか。

香りは二度目以降の失恋を、何度でも私たちにもたらす。

そんなわけでフレグランスが好きだ。無駄で、贅沢で、孤高。あるいは、煙草や映画館と同じ性質だ。フレグランスもまた、私たちを一人きりにもさせてくれれば、一人ぼっちにもさせてくれる。人工的孤独とは即ち、他人に与えられる地獄でもある。

 

 

大好きな彼と会うときには必ず香水を纏う。必ず。

その香りが私自身の香りだと錯覚させる。

君の香りがする、なんて言われた時にはこちらの勝利。

別れ話をする時にはいつもはつけない香水を纏う。

もう貴方のものじゃないのよ。とでも言わんばかりに。

 

香りはどうしてこんなにも呪縛的なのだろう。

普段は思い出しもしない、かつての恋人の香りがふとした時には走馬灯のように過去が蘇る。

胸がぎゅっと締め付けられては過去の思い出に浸ってしまう。

危険なことに、そんな時に思い出すのは楽しかった思い出たちばかりなのだ。

一緒に行った旅行、お洒落して行ったレストラン、ドライブ、たわいもない会話、、、

首を必死に横に振っては思い出を振り払う。

思い出は美しい、なんてお決まりのフレーズなのだから。

 

それは相手も然り。

私の香りを思い出せばいい、ふとした瞬間に私を思い出せばいい。

その度に私との楽しい思い出を思い返せばいい。

私は別の人と楽しい日々を過ごしているから。